小さな碗
古代中国をモデルとした、小さな茶碗の物語です。
コロコロの星
ちょっと不思議な、想像の中だけのものがたりです
ふしぎな森の美術館
児童を対象とした小説作品です。
できれば絵をつけて、作品世界を広げていきたいと思っています
まだテレビも自動車もない頃のお話です。
小さな兄と妹が、ふたりっきりで雪のふる森のこみちを歩いていました。兄はヤンという名前で十さいでしたが、妹のニコはまだ六さいでした。兄のヤンは大きなはこを、妹のニコは小さなはこをかついでいます。
はこの中には、手や足に糸をつけた人形や、森や町のようすを描いた紙がつめこまれています。
ふたりは町で人形げきをしてお金をもらっては、パンや牛乳を買って、そうして病気で寝ているお母さんににお薬を買って、暮らしているのでした。
しかし、今日は、パンも、牛乳もかえませんでした。
誰もふたりの人形げきをみてくれる人がいなかったのです。
教会の前で、はこを広げてぶたいをつくり、ヤンは森の悪い妖精の人形を、ニコは、町のむすめの人形で人形げきを始めます。
悪い妖精は、森にくる人びとにいたずらをしては、困らせるのです。そして町のむすめをさらってしまいます。しかし、
「また、そのおはなしかい」
「ひろばでは、大人のやっているもっとおもしろい人形げきをやってるそうだよ」
「そっちをみよう」
人びとはもう、ふたりの人形げきにあきてしまっていたのです。
そうしてふたりは何も食べられないまま、森の中の家に帰ることにしました。白いゆきの森は、日が暮れようとしています。まわりのけしきがだんだん暗くなってきました。
ヤンのおなかがぐうと音を立てました。
まだ家は見えません。ひょっとするとどこかで道をまちがえたかもしれません。
ヤンがそう考えたころ、こみちの先に明かりが見えました。
「なんだろう」
ヤンはニコに聞きました。
「わからない。でも、何か食べものを分けてもらえるかもしれない」
ふたりは明かりのするところまで行ってみました。
「森のこころ美術館」
明かりがしたのは大きな屋根のおやしきで、そんなかんばんがありました。
「なんて書いてるの」
まだあまり字を知らないニコがヤンに聞きました。
「森のこころ美術館。びじゅつかんっていうのは、絵や彫刻を見せてくれるところだよ。でも、なんだろう、森のこころって」
「きれいな絵がかざってあるのかなあ」
ふたりはおずおずと、大きなトビラを開きました。
「だれかいませんかあ」
ヤンが声をかけましたが、中からは返事がありません。
ふたりはゆっくりと廊下を進みました。すると小さな部屋に出ました。
白い壁に小さな窓と、絵が一枚飾られています。
それは白いお皿に、リンゴや、ナシ、ブドウなどの果物が描かれていました。
「じょうずな絵だね、ニコみてごらん」
「ほんとう。食べられるみたい」
ニコは、絵から果物の甘い香りがしてきたような気がして鼻を動かしました。そうして思わず、絵をさわろうとしたときです。
手が絵の中に入り込んで、絵の中からリンゴを一つ取り出したのです。
「あ、リンゴが」
ふたりはまっ赤なリンゴをみつめて、おどろきました。ヤンが二つに割って、一つをニコにあげました。
「ほんとうのリンゴかどうか食べてみるよ」
ヤンが思い切って食べると、甘いリンゴの味がくちいっぱいに広がりました。ニコもそれをみてリンゴを食べました。
「お母さんにもっていってあげようよ」
ニコはリンゴを食べるとヤンにいいました。
「そうだね、ぼくらはリンゴだけでいいや」
ふたりはそうしてナシとブドウを取り出して、箱の中に入れました。絵の中にはもうお皿しかありません。
ふたりは果物の絵の部屋を出て、となりの部屋にいきました。
そこにも一枚の絵が飾られていました。
「すごい」
「たからものだ」
二人は思わずそういいあいました。描かれていたのは、ヤンもニコもが見たこともないような宝石箱でした。ふたが開かれて、そこからまっ白なしんじゅのネックレスや、きれいな宝石のついた指輪や、大きな金貨があふれていました。
ヤンはしばらくその絵をながめているうちに、こう思いました。この絵の中の、金貨が一枚でもあれば、お母さんの病気を治す薬をたくさん買うことができるのに。
ヤンはこっそりと絵にさわりました。すると、手が絵の中に入り込んで、大きくて冷たい金貨を一枚、取り出しました。
「おにいちゃん、だめだよ」
ニコは何だかしてはいけないことをしている気がして、ヤンにいいました。
「この金貨一枚だけだよ。お母さんにお薬をかってあげなきゃ。それに、また人形げきでお金をかせいだら、きっとここに返すことにするよ」
ヤンは自分にいい聞かすようにいいました。絵から一枚の金貨がなくなっています。
ふたりは怖くなって、そのまたとなりの部屋にいきました。
ふたりは部屋に入るなり立ちすくみました。
かべ一面に大きな絵が飾られていました。それは大きな鉄砲をかついだ兵隊でした。
「おとうさん」
ニコが絵に向かってかけだすと、そのまま絵の中に入り込んでいきました。ヤンも続いて絵の中に飛び込みました。
ニコは兵隊のすがたをしたお父さんにしがみついて泣き出しました。ふたりの父親は兵隊にとられてもう三年もたつのでした。
「おまえたち、元気にしてたか」
お父さんはふたりを腕にだき抱えました。ヤンとニコは人形げきがうまくいかないことや、お母さんの病気のことで悲しくなって思い切り泣きました。
ふたりが落ち着いてから、お父さんはしゃがみこんで、ふたりの顔をかわるがわる見つめて、一通の手紙をヤンに手渡しました。
「この手紙を母さんにとどけておくれ、たのんだぞ」
ふたりは気がつくと元の部屋に戻っていました。絵の中のお父さんは、少し笑っているように見えました。
リンゴを食べて、お父さんに会えたので、ふたりはすっかり元気になりました。そうしてまっ暗になる前に、なんとか森の中の小さな家にたどり着きました。
家ではお母さんがふたりの帰りを心配して待っていました。
「ただいま」
「ただいま。お母さん、今日ね、不思議な美術館がにいったのよ」
ふたりは美術館であったできごと話しました。
「お母さんに、おみやげもあるんだよ」
ヤンはそういって、かついでいた大きなはこを開けました。しかし、ナシもブドウも、金貨も見当たりません。
「あれ、おかしいなあ」
ヤンは、はこを逆さにすると、人形や、お城の絵にまじって、白いてがみが、落ちてきました。
「お父さんのてがみ」
ニコはいそいで拾い上げて、お母さんに手渡しました。
お母さんは手紙を読み進めるうちにみるみるうれしそうな顔になりました。そしてふたりにこういったのです。
「ヤン、ニコ、もうすぐお父さんが帰ってくるって」
それはどんな食べ物よりも、金貨よりもお母さんと兄妹を元気づけたのでした。
ヤンとニコはあくる日、美術館のあったところににいってみました。
しかしそこに美術館ありませんでした。ただ小さな野原のまんなかに、小さなほこらを見つけました。
きっとほこらに住まう森の精が、お父さんに会わせてくれたのだと、ふたりは思いました。人形げきで悪い妖精を出すのはもうよそうと、ヤンは思いました。
そうしてふたりは、ちいさなリンゴをおそなえしたのです。
やがて森のゆきがとけだしたころ、お父さんが家に帰ってきました。そうしてヤンも、ニコも学校に行けるようになりました。
大きくなってヤンは絵の学校に、ニコはお芝居の学校に進み、やがて町で一番の人形げきを見せられるようになりました。おおぜいの人たちがふたりの人形げきを見にきます。
一番の人気は、あの森の美術館のお話でした。
(終)